Chapter 2 イベント分析の世界

この章の目的
1. イベント分析を用いるとどのような興味深いことが可能になるのかをみていきましょう。
2. 様々なイベント分析を可能にする「イベント・データ」と呼ばれるデータとはどういうものなのか、そして、どのような種類があるのかを学びましょう。
3. 実際にイベント・データを手で動かしてみましょう。

2.1 空間イベント分析(マッピング)

イベント分析の多様性や可能性を理解してもらうためには、まず、その実際の具体例をいくつか見てみるのが一番でしょう。ここでは、3つのイベント分析を取りあげて説明することにします。まず、以下のイベント分析の例を参照してください。

世界の水をめぐる争いの分布<br>データ:EJAtlas (Global Atlas of Environmental Justice)<br>[https://ejatlas.org/](https://ejatlas.org/) (2024/10/14アクセス)

Figure 2.1: 世界の水をめぐる争いの分布
データ:EJAtlas (Global Atlas of Environmental Justice)
https://ejatlas.org/ (2024/10/14アクセス)

この世界地図の中に、たくさんの青色の点が分布しています。この点ひとつひとつが「水をめぐる争い」を示しています。世界のどこで水資源をめぐる対立が生じているのかが一目瞭然です。何か傾向を読み取れるでしょうか。

私は、この水をめぐる争いの世界地図を、Global Atlas of Environmental Justice(略称EJAtlas)のホームページ上のツールを使って作成しました(https://ejatlas.org/)。EJAtlasは、環境問題を公平公正に解決する、つまり、社会的・経済的・人種的な背景にかかわらず、あらゆる人々が健康で安全な環境のもとで暮らす権利をもつことを目指し、そのために多種多様な環境問題に関する紛争の事例を収集したデータです。上記の図は、そのデータから「水をめぐる争い」のみを抽出したものです3

EJAtlasにおけるイベントは、環境正義をめぐる争い、または、「社会・環境紛争」となります。イベント分析では、イベントとは何かを詳細に定義しておくことが大切です。EJAtlasは以下のように「社会・環境紛争」を定義しています。

「社会・環境紛争」とは、一般的に環境問題に関連する多様な対立を伴う動員を指します。EJAtlas(環境正義アトラス)では、環境紛争の事例は、国家、企業、そして時には違法な行為者(例:違法伐採者)によって進められる特定のプロジェクトや経済活動に対して、明確な社会・環境的主張がなされる市民社会の対立的な動員を指します。(EJAtlasのFAQページhttps://ejatlas.org/backoffice/cms/en/faq/より。筆者訳)

この様にデータ単位となるイベントを定義したうえで情報収集し、それを地図上に表示するマッピング機能に優れているのがEJAtlasです。地図作成アプリをすぐに使うことができない利用者であっても、EJAtlasを使えば、簡単に地図上に投影することができるのです。地図に投影するメリットは、やはりイベントの分布状況を瞬時に把握できるようになることでしょう。上に示した水をめぐる争いの世界地図の元データはもちろんイベント・データから計算した(つまり、水資源管理Water Managementに関する対立的な動員を抽出した)ものですが、数字を眺めているよりも遥かにデータが示している状況を理解しやすくなるのです。EJAtlasはマッピング機能を利用者に提供してくれる仕組みをウエブ上に用意してくれていますが、そのような仕組みがないイベント・データの場合、どのようにマッピングをすればよいのでしょうか。心配する必要はありません。マッピングはとても複雑そうに見える分析ですが、第5章で自分で希望する地図を作れるための技を学ぶことにします。

また、イベント分析をする際に重要な点をここで指摘しておきます。どのイベント・データに関しても、そのデータがどのように集められたのかを利用する前に理解しておかなければなりません。「イベント」とは何かを理解することもその一つですが、それ以外にもデータについて知っておくべきことがあります。例えば、EJAtlasの場合、データに関する詳細な情報は上記のFAQページに記載されています。そこには、「世界的にみると、データの収集度合いは均一ではない」「世界の一部の地域は他の地域と比較して情報収集率が高い」と明記されています。つまり、「世界全体を見渡して、この地域には水をめぐる争いが多発し、別の地域にはほとんど生じていない」という類の分析には向いていないデータだということが読み取れるのです。イベント・データの特徴や限界をきちんと理解してからそのデータを使うことが大切であることは言うまでもないかと思います。

イベント分析をやってみよう
課題:EJAtlasのトップページ(https://ejatlas.org/)のフィルターを複数組み合わせて使い、(1)皆さんの関心のある国をひとつ選び、(2)その国の社会・環境紛争の特性にフィルターをかけてマッピングしましょう。マッピングに成功したら、(3)地図上に表示された紛争をクリックし、どのような情報にアクセスできるのかを確認しましょう。(4)EJAtlasを使ってみた結果について報告しましょう。

2.2 時系列イベント分析

マッピングはイベント・データの地理的・空間的な分布を直感的に理解するための有効な手法ですが、イベント分析では時間的な分布を扱うことも重要な特性です。たとえば、社会・環境紛争がいつ激化し、いつ沈静化したのかといった情報は、紛争のダイナミズムを理解するために不可欠です。しかし、紛争の増減といった既存の情報を入手するのは難しく、そのために多くの研究者はイベント・データの構築のために多大なエネルギーを費やしているのです。ここでは、インターネット上で簡単に入手できる優れた紛争のイベント・データであるArmed Conflict Location & Event Data (ACLRED)を使って紛争の時間的な分布、つまり、時系列変化を調べる方法をみてみましょう。

ウクライナ紛争の地理的分布<br>データ:ACLED (Armed Conflict Location & Event Data)<br>[https://acleddata.com/ukraine-conflict-monitor/#dash](https://acleddata.com/ukraine-conflict-monitor/#dash) (2024/10/14アクセス)

Figure 2.2: ウクライナ紛争の地理的分布
データ:ACLED (Armed Conflict Location & Event Data)
https://acleddata.com/ukraine-conflict-monitor/#dash (2024/10/14アクセス)

この地図は、ウクライナとロシアの戦争における様々な種類の衝突が起きた場所を記録したものです。2024年9月28日から10月4日の1週間に起きた衝突をマッピングしたものですが、その数の多さと地理的広がりに驚かされます。この地図の凡例をみると、先の地図とは表示方法が異なることも分かります。たとえば、右上の凡例から、各場所のイベントの頻度によってイベントを示す円の大きさが異なるように設定してあることが分かります。また、イベントを、爆発・遠隔暴力(Explosions/Remote violence)、戦闘(Battles)、民間人に対する暴力(Violence against civilians)、暴動(Riots)の4類型に分類して、異なる色を使って示しています。右下の凡例からは、一番頻度が高かったのは、おそらくミサイルやドローンによる攻撃を意味する爆発・遠隔暴力の779回であり、逆に暴動は一度も起きなかったことが分かります。

このようなマッピングは地理空間の分布を理解するためには便利なのですが、時系列な変化を把握するには不向きです。マッピングで時系列変化を可視化させるためには、時間ごとに地図を作成しそれらを並べて時間を追った変化を表現するか、スライドショーや動画のような機能を使って地図を動かしながら見せる必要があるでしょう。Rを用いたそのような手法も第5章で学びますが、まず、ここでは、時間軸を水平方向に設定したグラフを作成して時系列変化を表現するという、より一般的なイベント分析をみてみましょう。

ウクライナ紛争の時間的分布<br>データ:ACLED (Armed Conflict Location & Event Data)<br>[https://acleddata.com/ukraine-conflict-monitor/#dash](https://acleddata.com/ukraine-conflict-monitor/#dash) (2024/10/14アクセス)

Figure 2.3: ウクライナ紛争の時間的分布
データ:ACLED (Armed Conflict Location & Event Data)
https://acleddata.com/ukraine-conflict-monitor/#dash (2024/10/14アクセス)

この図は、ウクライナ紛争における4類型の衝突の頻度が開戦日である2022年2月24日以降どのように変遷しているかを可視化したものです。縦軸がイベントの頻度(frequency)であり、“Count”というY軸ラベルが表示されています。横軸が時間軸で、“Date (Week of)”というX軸ラベルが付けられています。週ごとにまとめられた頻度だということです。図にすると、数字でみるよりもそのトレンドを把握しやすくなるのは地図の場合と同様です。戦争が開始した2022年8月から9月にかけての時期が衝突が頻繁に起きていたことが分かります。

また、4つの類型を異なる色で表現して同じグラフ上に描いています。グラフの中に凡例が示されていないのでどの色がどの類型を示しているのかが分からないのですが、上の地図と同じです。ACLEDのウエブサイトでは、このグラフはインターアクティブな作りになっていて、各週の棒(bar)上にカーソルを移動させると、凡例とその週の数値がポップアップするようになっています。赤色が爆発・遠隔暴力であり、常にその頻度は一番高い衝突の類型となっています。青色は戦闘を示し、とくに2024年の夏季あたりからその頻度が急増しているようです。民間人に対する暴力は戦争の初期に多く見られますが、その後の頻度は限定的だということが分かります。

先の地図に示された衝突は2024年9月28日から1週間の情報でした。つまり、この時系列グラフの中では一番右端の濃い色の棒が示した情報だけをマッピングしているのです。このように、イベント分析では、用途・目的に応じて同じイベント・データを様々な形で可視化し、その分布や変化を直感的に理解できるように表現する分析手法でもあるわけです。

イベント分析をやってみよう
課題:ACLEDのExplorerを使って、自分の興味のある国に関する紛争の時系列変化を可視化してみよう。結果を報告しよう。もし、Explorerにアクセスできない場合は、Trendfinderで代用して時系列変化を調べてみよう。Trendfinderでは過去1年の時系列変化までしか可視化できないようだが、Subnationalの地図を選択し、“Compare to Previous month”と設定して、自分の関心のある国や州・都道府県といった国内地域区分(ADMIN1)のレベルで分析をしてみよう。衝突の類型でデータを抽出することもできるので、それもやってみよう。ACLEDを使ってみた結果について報告しましょう。

2.3 様々なイベント分析:ネットワーク分析・ヒートマップ分析・クラスター分析

既述のような時空間の分析がこのイベント分析法の両翼を担っていて、イベント分析法を用いた多くの研究が地理空間分析と時系列分析のどちらかもしくは両方をおこなっています。そもそも時空間分布を把握することがイベント・データを構築する主要な動機になっているのです。しかし、政治社会学の分野で発展してきたイベント分析では、近年、時空間分析以外の手法も用いられるようになってきています。そこで、本研究手法の導入である本章でその一部を紹介しておきたいと思います。

筆者は、ラテンアメリカ地域で繰り広げられている市民による抗議行動を調査するためにイベント分析法を活用している研究者16名を集めて、Popular Politics and Protest Event Analysis in Latin America (University of New Mexico Press, 2024)という書籍を編集しました。この本には、時空間分析はもちろんのこと、いくつかの興味深い手法をイベント分析に応用したものが満載されています。そのいくつかをここで紹介したいと思います。

2.3.1 ネットワーク分析

まずは、ネットワーク分析法をイベント分析に適用した例を紹介しましょう。Nicolás M. SommaとRodrigo M. Medelは、2009年から2019年の間に南米チリで起きた23,398件の民衆抗議行動のイベント・データを使って、チリ社会のどの勢力が抗議行動の中心的位置を占め、どの勢力が周縁的な役割しか果たしていないのだろうかという面白い問いを立てたのです。民衆による抗議行動をイベントとしてチリの新聞記事から抗議イベントに関する大量のデータを単に時空間分析するだけでは答えにたどりつくことはできません。SommaとMedelは、抗議行動を一緒におこなう複数の勢力の間にはより強い絆がある(つまり、ネットワークを形成する関係tieがある)と考え、どの勢力とどの勢力がより頻繁につながっているかをネットワーク分析法を応用して明らかにしたのです。結果は以下の図になります。

2009年から2019年のチリにおける抗議行動ネットワーク<br>データ:Observatorio de Conflictos<br>Somma and Medel 2024, p. 232

Figure 2.4: 2009年から2019年のチリにおける抗議行動ネットワーク
データ:Observatorio de Conflictos
Somma and Medel 2024, p. 232

この図は勢力(またはアクターと言い換えてもいいでしょう)を示す円の部分(ネットワーク分析の用語でNodeと呼びます)と、円と円とを結ぶ直線または曲線から成っています。線は結ばれた勢力が一緒に抗議行動を実践したことを示しているのです。従って、何度も頻繁に抗議行動というリスクの高い行為を一緒におこなっているアクターはより相互に強いきずなでつながっていると考えられます。逆にほとんど一緒に行動しないアクター間にはコミュニケーションすら成立していない可能性が高いと推察できます。このようにネットワーク論的な視点でこの図を眺めると、より多くのアクターと太いきずなでつながっているアクターほど、チリ社会においては(というよりも、チリにおける抗議行動という政治の世界では)中心的な役割を果たし、影響力が大きいものと考えることができます。そして、それらは労働者(Workers)、学生(Students)、住民(Residents/settlers)というカテゴリのアクターなのだということになりそうです。逆に、政党(Parties)は周縁的なアクターだということが可視化されていて、興味深いです。

この様な分析をするためには、イベント・データを作る際に、そのイベントの担い手であるアクターの情報を詳細に記録し、アクター間の関係性を把握できるようなデータ構造を用意しておかなければなりません。つまり、どのようなデータを構築するかによって、構築後のデータ分析法の可能性も限定されるということです。このため、イベント・データ構築の構造について第4章で詳細にみていくことにします。また、ネットワーク分析の応用については第8章で扱います。

2.3.2 ヒートマップ分析

2.3.3 クラスター分析

2.3.4 政治関係以外のイベント分析

EM-DAT (The International Disaster Database)
https://www.emdat.be/

2.4 次回のための準備(第3章へ)


  1. 具体的には、EJAtlasのトップページの右側に表示されるフィルター(“Filters”)から”Category = Water Management”と設定して”APPLY”ボタンをクリックします。↩︎